トリシティに続くヤマハ第二のLMW機構を備えたモデル・ナイケン。その姿はあまりにも異形だが、走り出してみるとその走りは素直とか、走りやすいという既存のオートバイの評価軸を根底から覆してしまうような、もはや別次元の安定感を備えた強烈なキャラクターだったのだ。
文:谷田貝洋暁/写真:武田大祐
ナイケンのその走り、その姿もはや別次元の乗り物
NIKENのスタイリング
ようやく乗れたナイケンは想像どおりの化け物だった
2015年の東京モーターショーにて、最初はMWT-9という名前でその姿を現したナイケン。最初その姿を見たとき、誰もがコンセプトモデルどまりの“ハリボテ”だと思ったに違いない。しかし、2年後の東京モーターショーではフレームこそかなりカタチが変わっていたが、スタイリングイメージはそのままにナイケンへとシフト。しかも「2018年中に発売する」という、当時の社長によるアナウンス付き。ヤマハは本気だったのだ。
この数年間、MWT-9やナイケンがどんな乗り味なのだろう? 何度となく夢想してきた。というのも同じリーニング・マルチ・ホイールのトリシティの圧倒的なフロントまわりの安定性はすでに知ってしまっていたからだ。既存の二輪とフロント2輪のLMW。その差はもはや圧倒的といっていい。濡れた路面や浮砂利、落ち葉。あらゆる路面でLMWはその安定性において優位性を見せる。それこそヤマハさんに無理を言って、ダートから雪道までトリシティを走らせてみたが、どんな路面だろうと難なく走り抜けてしまうLMWの特異性には驚かされるばかりだった。
だからこそこのフロント2輪のLMWと、最新の電子制御技術であるトラクションコントロールやABSを組み合わせたらどんなことになるのかはある程度想像できた。当時の備忘録を読み返せば、「おそらく、LMWの圧倒的なフロント側の接地感と、最新のトラクションコントロールを組み合わせれば、誰もがエキスパートライダーと同等の走りができるに違いない。もしもの状況として誰かに、『お前にチャンスをやろう。今からこの何某というエキスパートライダーがお前をバイクで追いかける。もし追いつかれたらお前の家族はみな殺し。まぁ、マシンは選ばせてやるからせいぜいがんばって逃げることだ』なんて状況に陥ったら、僕はこのLMWとトラクションコントロール、そして3輪独立のABSを装備したマシンを相棒に選ぶことになるだろう。…そんなことを書いている。それほどこのナイケンには当時から全幅の信頼をおいていた。これほど試乗できる日を心待ちにしたマシンが今まであっただろうか?
雨に、落ち葉に、浮砂利。どんな悪路でも心折れない
LMWの底なしの安定感。まぎれもなく公道最強だ
そんなナイケンにいよいよ乗ることができる。場所は伊豆のサイクルスポーツセンター。クローズド環境ではあるものの、タイトなコースはサーキットというよりはワインディングに近く、苔むした箇所や凹凸の状況も公道のそれに近い。しかも、前日の雨のおかげでウェットパッチが随所に残るという、ライディング環境としては最悪。しかし、LMWの真価を試すには最高の状況下で試乗はスタートしたのだ。
さぁ、いくどとなく思い描いた試乗メニューを試してみよう。まずはトラクションコントロールの味付けの確認からだ。ナイケンのエンジンは、MT-09系をベースにクランクマスを重くし、よりツアラー的な味付けになっているとは聞いていたが、MT族のエキサイティングな加速が十分楽しめる。浮かせようと思えばこの巨体の前輪が持ち上がる。そんなキャラクターなのだ。
さて完熟走行直後の1週目からワイドオープン気味にコーナーへと突入。全開加速から全閉&フルブレーキング、クリッピングポイントで再び全開…。そんな走りを目指してマージンを切りつめながら、後輪がオーバートルクで破綻するタイミングを探る。車重が重いだけに、トラクションコントロールをわざと介入させようと思っても、そもそものグリップ力がものすごく高い。ウェットパッチの上でバンク中にアクセルをワイドオープンしたところで、ようやくメーターのインジケーターがビカビカと光りながらトラクションコントロールが介入。モードは2で、より介入が早い設定だがそれにしてもよく粘る。続いてモード1。いろいろ試した結果、こちらは完全に後輪がすべり出してから介入することがわかった。「ギャッ」と後輪がアウト側にすべり出し、大きくしなっていたフレームが完全に伸びきってから、トラクションコントロールが介入してグリップを取り戻す。そんなイメージ。しかし、その挙動はいたって穏やか。タイヤが、グリップとスリップを交互に繰り返すタコ踊り現象を起こす気配もなく、一発目のスリップからすぐさま路面を掴むので、事後にはすぐさまアクセルが開けられる。
残念ながら、他車の一部のモデルに採用されるような、後輪をすべらせないように最大限の加速を地面に伝えるようなレーシングタイプのトラクションコントロールではない。なのでアクセルを開けっぱなしにして、トラコンに“アテ”に行くような走りはできないが、それにしても「おっとすべったな」ぐらいのことを考える余裕があるのが恐ろしい。
お次はブレーキングである。LMWの特性である直進時の強烈な減速力が実感できたところで、バンク中にもフロントブレーキをにぎり込んでみたのだが…。想像どおり、ナイケンの挙動は乱れることがない。調子に乗ってステップが路面で火花を散らすような状況でもフロントブレーキを握ってみても、まったくもってすべり出す気配がない。もちろん通常の2輪と同じようにブレーキングフォースに対して、寝ていた車体が起き上がるような挙動もあるのだが、それも非常に緩やかでコントローラブル。そんな状況でもフロントタイヤがしっかりと路面をつかんでいる感覚は消えないので、別段怖さも感じない。その安心感は僕レベルのライダーにとっては底なしだと感じる。どこまでナイケンの実力を引き出せるかは、もはやライダーの度胸しだいというわけだ。
さて、前2輪のLMWはというと、こんなテクニックも経験も関係ないような、力まかせの荒っぽいライディングをしているにも関わらず一向に破綻する気配がない。タイトなコーナーではヒザを擦り、ステップを削り、さらには片手を離してみたところで不安がないのだ。
ハンドリングに関してもコーナーの途中で重くなったり、切れ込んだり、接地感が変動して不安になったりするようなことがないので、どこまでも信用できてしまう。まさに底なしの接地感。ライダーの恐怖心のみがナイケンの走りに制限をかけるというわけだ。
そして待ちに待った瞬間がやってきた。僕が勝手に想像する“何某というエキスパートライダー”との邂逅である。いつものようにアウト側から余裕を持ってパスしていく彼に、「しめた!」とばかりに追いすがってみる。もちろん向こうも乗るのはナイケン。しかもテクニックに関しては天と地ほどの差もあるのは重々承知のうえである。…しかし、いつもはものの数秒で次のコーナーへと消えていく彼の背中が、今日はなんだかいつまでも眺めていられるじゃないか。それどころかどんな角度で、どこをクリッピングポイントにしているか? 走りを観察する余裕すらある。ナイケンの圧倒的な走行性能は、エキスパートライダーとの技量差を確実に埋めてくれるというわけだ。
「やはり、“もしもの状況”で選ぶ相棒はナイケン以外にないな。運よく逃げ切れることがあるかもしれない」。ステップから火花を散らす何某の操るナイケンを追いながらそう確信する。もちろん相手がナイケンでなければの話であるのだが…。
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※記事の内容はNo.199(2018年10月24日)発売当時のものになります