子供のころ、隣町のため池に釣りに行くのが好きでした。それほど近所というわけではなく、自転車で片道1時間くらいはかかったような気がします。真ん中に小さな島があって、橋がかかっていて…。とにかく生き物がたくさんいました。島の岸辺から竿を出すと、ザリガニなんていくらでも釣れましたからね。生きたやつをバキッと「むき身」にして次のエサにしたりもしてたので、今にして思えば、けっこうボクも自然児だったんだなぁと思います。
その池でボクが好きだったのは、クチボソ釣り。正式名称は「モツゴ」というらしいですが、ボクらの間では「クチボソ」でした。その名のとおり、ちょっと上向きの小さな口がついている魚です。エサはアカムシという、まぁ…「あんまり画像検索しない方がいいと思います系」のやつ。小さな針に小さなアカムシをつけるという、けっこうミクロな作業をやって、竿を出すわけです。いつだったか、小雨の降る日にクチボソ釣りをしてみたら、文字どおり入れ食い状態。30分程度で「もういいよ、これ以上釣っても困るから帰ろう!」ということになったこともありました。釣ったクチボソは家に持ってかえって、飼育。野生の魚でしたが意外と飼いやすくて、しばらくは生きていたと思います。金魚とは違って見た目は地味ですが、けっこう愛嬌があるんですよね。
まぁともかく、その池の生き物にはいろんなことを教わったと思います。記憶にある思い出はそれほど多くはありませんが、本当に、ボクはその池が大好きだったんですよ。子供の冒険心を満たすにはちょうどいい大きさで、生き物もたくさんいて…。もちろんあのころは「自然という名の先生に授業をしてもらっている」なんて感覚はありませんでしたが、今にして思えば確実にそうでした。片道1時間もかけて自転車を漕ぐだけの魅力が、あの池には確かにあったんです。
あるとき、何かのきっかけでふとそれを思い出し、無性に行ってみたくなりました。今は東京に暮らしているけれど、いつかボクの子供たちも連れてってやろう。クチボソ釣りを教えてやろう、と。今でもあのままの姿で残っていてくれと願いながら検索をしてみると…。悪い予感がしたとおり、現在では釣りは全面的に禁止されてしまっていました。説明文には「ハスの花が咲き乱れる池」とあります。「花が咲くシーズンになると一面がハスで覆われ、カメラマンが多く訪れます」…と。
どの写真を見ても、釣りをしている子供たちは写っていませんでした。花のシーズンにはカメラマンが訪れるのかもしれませんが、それ以外の季節にはきっと、ただ単に「池があるだけ」なのでしょう。そりゃあ、子供が自由に立ち入りできるため池なんて、このご時世に存在できるはずもありません。なんだか、年老いて腰の曲がった教師に再会したような、そんなしょげた気分になりました。
「ボクは、あなたに教えられたことがたくさんあるんです。生き物のこととか自然のこととか、言葉で理解したわけじゃないけれど、ココロに響きました。あなたはいつも、子供たちに優しかったですよね。歓声をあげる子供たちを、目を細めながら見ていてくれた。ボクはとても…、本当に…、楽しかったんです。ボクには今、3人子供がいるんですよ? 今度連れてきますから、どうかまた子供たちを教えてください…。お願いします…」
そんなことを言っても、きっと先生は目を細めながら「私の役目は終わったんだ。もう、そんな時代じゃないんだよ」と答えるのでしょう。
なんだかとても、さみしい出来事でした。