我が家には子供が3人いて、上から男・男・女です。末っ子はまだ1歳なのですが、この子がもうね、「女の子+末っ子+ヨチヨチ歩き」といった要素をあわせ持っていることもあって、まぁとにかくかわいいのですよ(完全に親バカです)。床に何か落ちているのをつまみあげて「何これ?」といった具合に見せてくれるときなんて、「うひーかわいい!」と思ってしまいます。
…ということで、こういうシーンを見たときに思い出すのが、『枕草子』なのですよね。
古文の授業で、『枕草子』を教えない先生はまずないと思いますが、みなさんおぼえてますか? ボクはというと、大半は忘れてしまっていますが『うつくしきもの』という一節は覚えていたりするのですよ。「うつくしきもの」というのは現代語訳すると、「かわいらしいもの」となります。つまり清少納言ちゃんが書いたエッセイの中に、「私が考える、かわいいもの」というパートがあるわけです。「小さい子供が、床に落ちているチリをつまみあげて大人に見せているような姿は、とてもかわいい」と、清少納言ちゃんが言っているのですね。
うんうんうん、わかるよ清(せい)ちゃーん! かっわいいよねぇ〜! ちっちゃい指でつまみ上げてさ、ボクもホントにかわいいと思うよ〜! まさに、時空を超えて共感。「やっぱり人間ってのは、たかだか千年程度じゃ何も変わらないんだよなぁ。昔の人も、現代人とまったく同じなんだよなぁ」なんて感じますね。
だって、『うつくしきもの』の中に書いてあること、現代でも普通に共感されるようなモノばっかりなんですもん。たとえば動物ネタなんかもけっこうあるのですが、「スズメの子がこっちにやって来るとこ」とか、「ヒヨコがピヨピヨ鳴きながら人について歩くとこ」なんて書いてあります。スズメの子というはちょっと想像しにくいですが、ヒヨコのかわいさならわかりますよね。たぶん現代でも、そういう動画を撮ってyoutubeにアップしたら「うひーかわいすぎる!」「モッフモフ! 今すぐモフりたい!」などというコメントで埋め尽くされるでしょう(笑)。千年以上も昔の女性が書いたエッセイにもかかわらず、ね。
ホント、どんなに時代は変わっても、人は大して変わらないんだなぁと思います。その時代に適応するようになっただけで、変化したわけじゃないんですよね。今回、このコラムを書くにあたって『枕草子』の現代語訳を少し読んでみたのですが、共感できることばっかりで笑っちゃいました。いやぁ、古典ってオモシロイ(難しいのもありますけど…)。そしてまた、千年以上も前の古典がちゃんと残っている日本のすばらしさも感じます。女性がイキイキと文章を書くことができて、それが後世の人々にも受け継がれてきたこと。これはやはり、すばらしいことだよなぁ…と。
こういうの、学生時代にはなかなか気付けないんですよねぇ(笑)。