「何で知らねーんだ! サッカー界でたとえればマラドーナじゃないか!」。
先日、とあるバイクを知らなかったばかりに編集長にそうどやされてしまった。車名を言われても、そのすごさを切実に説明されても「へぇ~、すごいんですね」ぐらいのリアクションだった僕だが、マラドーナと言われた途端「そんなにすごいんですか!? 伝説じゃないですか!」とたちまちすごさを理解した。さすがはマラドーナである(おいっ!)。
サッカー界のマラドーナと言われてピンと来ない人もいると思う。マラドーナクラスで他のジャンルに当てはめると、野球界なら王貞治、映画界なら黒澤明、アニメーション界のミッキーマウスといっても過言ではないだろう。世界中に名声が響き渡る、それほどのマシンということだ。
その正体は、1992年にホンダから発売された『NR』。それまでロードレースでの競技専用車両だったNRが市販車として販売され、価格は500万円オーバー。750ccの水冷DOHC V型4気筒エンジンを搭載するが、特徴的なのは吸排気能力を高めるためにバルブが「32」も付いていたことだった。つまり1気筒あたり8バルブということで、現行の市販車が2か4バルブであることを考えるとバルブ数だけでも尋常じゃない。これを実現するために円形のピストンを楕円にしている。楕円ピストン=NRと言われるほど象徴的な部分である。空気抵抗を徹底的に軽減しようとした独創的な車体フォルムも目を引くマシンだ。
もっとも、このような簡素な説明だけでは、そのマシンを知らない人間にとっては「そういう名車があったのね」ぐらいのぼんやりした反応で終わり、時間が経てば忘れてしまうかもしれない。ところがマラドーナと言われたらどうだろう。たった一言で、一生忘れられないマシンとなるはずだ。わかりやすく理解させるために、何かに置き換えて解説すること。その威力を思い知らされた今回の一件。僕の性格を見抜いている編集長、恐るべしである。